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Saul Becker氏へのインタビュー

更新日:2月15日

Saul Becker氏へのインタビュー

2023年6月26日 @Manchester Metropolitan University


2023年6月。YCARPメンバーで、ケアラー支援の先進国であるイギリスを訪れ、ヤングケアラー研究の第一人者であるSaul Becker(ソール・ベッカー)氏にインタビューをしました。イギリスでは、1990年代よりSaul Becker氏らラフバラ大学ヤングケアラー研究グループを中心とする研究・民間のヤングケアラープロジェクトによる支援が行われてきました。日本でもヤングケアラー支援の法制化に向けて、イギリスでの議論から学べることがあります。今回のインタビューでは、5つのポイントに絞って話をききました。


①Whole Family Approach(家族まるごと支援)について

②ヤングケアラーとジェンダーの関係について

③移行期に焦点をあてることについて

④ヤングケアラーの親に焦点をあてることについて

⑤日本の「ヤングケアラー」の定義について


取材:YCARP発起人(斎藤・亀山・河西)

通訳:ハフェティー利恵


※引用元の記載がない転載等を禁止します。



1.Whole Family Approach(家族まるごと支援:WFA)に至るまで

亀山イギリスでWhole Family Approach(家族まるごと支援:以下、WFA)が明確化されるまでのプロセスをお聞きしたいです。


Becker1990年に活動を始めた時は、ヤングケアラー(以下、YC)だけに焦点を当てた活動だったんですね。それ以前には全くYCに対する支援はなければ、それに関する話し合いも全く無かった。だから、とりあえずまず焦点を当てたのが当人である子どもたちだった。それは正しいアプローチでした。2、3年そうしていたんですけれども、1990年代半ばくらいから、障害のある親たち、特にJenny Morris(ジェニー・モリス)という研究者から批判があった。子どもたちに焦点を当てるということは、障害のある親が悪い親で子どもたちに仕事をさせてるっていうことになると。自分の研究の1番の目的は、子どもたちに全く焦点を当ててなかったということを強く主張したかったんです。親たちに対する批判とかは全く目的とはしていなかったんです。障害者の権利に対する主張が強まったということは、WFAを考えなくてはいけないきっかけとなった。"Young Carers and their Families"という著書でもそれ以降の著書に関しても、YCのニーズは家族のニーズとミックスしてみていかなくちゃいけないというふうに発表するようになりました。YCだけのニーズに焦点を当てるんじゃなくて、そうさせている、ケアをされている側のニーズもみなくてはいけないということです。障害者たちの権利に対する主張は学者たちがもっと考えなくちゃいけないという機会を持つきっかけにはなった。

 そして、更に研究を続けていくなかで、他の問題が浮き上がってきた。精神疾患のある親をケアしているYCの割合が多いというのがわかって、その他依存症の問題は、身体障害のある親をケアしている子どもとまた違うインパクトがYCたちにあるっていうことが更にわかってきた。そしてYCたちの教育とかメンタルヘルスにも問題があるということが更にわかってきた。さまざまな機関がそれをわかったうえでWFAをするようになった。

 だから、アカデミックの研究が始まり、The Children’s Society(チルドレンズ・ソサエティ)っていうような団体の活動が始まり、そして更にソーシャルサービスも加わって、そういう機関が政策をつくるようになったっていうことですね。これが現在に至るでの経緯だと思います。」



2.ヤングケアラーとジェンダーの関係

斎藤「日本でもYCの調査が始まりましたが、表面上はあまりジェンダー差が見えない。けれども、私たちのインタビューではかなりジェンダー差があるし、ライフコースを通じて実は深刻になるんじゃないかと考えています。イギリスではジェンダーの問題はYCのなかでどんなふうに議論されていますか?


BeckerYCのなかではジェンダーに対する違いはあるけれども、アダルトになっていくほど差はない。さまざまな国でのリサーチで分かってることは、高齢のケアラーたちのなかでは絶対にジェンダーは区別されちゃっている。それはもしかしたら女性の方が長く生きるからずっと女性の方がケアを続けていくことになるのか、あとはもちろん社会的な期待で女性がこれをやる、男性がこれをやるっていうふうに分かれているのか。歳を取っている女性が母親の面倒を見る、お父さんも亡くなっちゃって自分しかケアをする人がいない。そういうふうに女性が長く生きる社会においては、多分女性のケアラーというのがずっと長年続いてしまうことになるでしょう。」


斎藤「日本では多分もうちょっと早い時期から、ジェンダーがかなり大きな問題になってきている。例えば18歳で大学に進学するとか自分の人生を生きるときに、より女性の方が進学をせずに家に近い大学にいたりとか、そこで就職をするってことを期待されるし、女性も内面化してるケースが多いんじゃないかな。複数のきょうだいがいたときに、女性がケアラーになって、それ以外の男性がケアラーにならないケースもある。


Becker「それはよくわかるし、UKでも起こっている事です。でもそれはジェンダーって一括りには言えない難しい問題です。我々のアイデンティティーはジェンダーだけでは一括りにできない複雑なものですね。これをインターセクショナリティ(交差性)といいます。例えば親のニーズにもよる。あとはきょうだいのなかの順番。子ども達が大きくなればなるほどもっとケアができるようになるっていうこともあるし。これまた、親のニーズでお母さんが障害のある場合、娘と息子がいれば娘にケアしてもらいたいと思うだろうし、まあその反対もありますよね。ジェンダーだけではなくって、家族のなかでどうしても1人の子がケアをするように選択される場合がある。それが家族のなかの仕組み、当たり前になってしまう。だから、ジェンダーひとつだけを取っても考えられない他の要因もある。でもいまわかっていることは、女子の方がやっぱりケアの時間も長いし、持続的に長い間ケアをするっていう傾向はあります。アダルトケアラーに関して発表されている論文なんかでは、男性は隠れたケアラーといって表には出てこない。でもケアラーではあるんですね。自分のリサーチの統計を見てみると、女子:男子は56%:44%で、勿論男子のケアラーもかなりの率ではありますよね。」


斎藤「日本の統計も同じような感じです。」


Becker「ちょっと問題視するのは、YCの問題が今度、性に関する問題に繋がるようになるのは懸念します。それだけでは語れないというか複雑。」


斎藤インターセクショナリティの問題として捉えた方が良い?」


Becker「そうですね。国によっても社会によっても、宗教だとかカルチャーなんかが絡んでくるし、一つの家族のなかでジェンダーによってこう違いますよっていうのを一括りには言えない問題。


3.移行期に焦点をあてること

河西ヤングアダルトケアラー(以下、YAC)に関して何点か質問があります。一つ目は、YACの定義についてです。2008年の論文("Young Adult Carers in the UK")ではYACが16歳〜24歳になっていたのが、2018年の論文("Young Adult Carers : The Impact of Caring on Health and Education")では14歳〜25歳に変わっていたんですけど、定義が変わったのに意味はありますか?」


Becker「その通りですね。18歳以下がYC、成人である18歳から24歳がYACというふうに定義するのが法律上は正しい。ただ、2008年のレポートでは、16歳~17歳っていうのもYACになるちょうど過渡期の歳である(と主張している)。18歳以降にYACになる人もいるけど、でももっと大切なのは16歳~17歳のアダルトになりつつある歳でずっとケアを続けてきた人たちも枠組みのなかに入れたかった。イギリスの学校制度は16歳から高校生なんですね。16歳~17歳が高校生、18歳から大学に行くか社会人になるか。14歳~15歳が義務教育の最後の年。リサーチの目的では、14歳くらいからのYCもYACになるから、その経過として入れたかった。法律で、ずっとYCであった人たちは移行期のアセスメントを受ける権利があって、それが16歳から始まるんです。長い間自分がしていた研究はYCに焦点を当てていて、その後大人になった以降はどうなるのかということに対してはあまりリサーチされなかった。UKで多分8年くらい前までは、プロジェクトとか支援団体は支援できなかった、18歳になってしまうと法律上YCじゃないから。そこで自分がYACに焦点を当てなくちゃいけないっていうふうに思ったんです。YCをずっとやってきてこれからもケアラーを続けていくのに、成人したっていうだけで全く支援がストップしてしまうというのはおかしいということに気が付いたんですよ。自分のYACに重点をおいた研究発表によってまた支援が復活した。」


斎藤「それまでは支援があったが切られた?イギリスにはアダルトケアラーに対する法律もあるし色んな支援団体もあるけれども、そことYCの支援はあんまりつながっていなかった?」


Beckerアダルトケアラーに対する支援は、40代~50代~60代といったもっと年上の人たちに対する支援であって、YACが必要としている支援にそぐわなかった。55歳のリタイア間近の男性のケアラーと19歳のこれから自分の人生がスタートするケアラーと、全くニーズが違う。YACの支援を考えるときには、YCのニーズ、そしてそれから継続していく過渡期のニーズをまず考えました。政府が全国ケアラー政策を打ち出すときにアドバイザーになったんだけれども、そこでYACにも焦点を当てなくてはいけないって言うことを強く自分が打ち出せることが出来て、そこからYACに対する支援を考えるようになったんです。」


河西「YACとAdolescent Young Carers (青年期のケアラー:以下、AYC)の違いがいまいちちょっと掴めていなくて。法律の問題としてAYC(15歳〜17歳)は子どもとして扱われて、YACは18歳以上で大人の法律として扱われる。法律上の違いっていうのはわかるんですけど、それ以外に実態としてどんな違いがあるのかっていうのをお聞きしたいです。」


Becker「Me-We ProjectでAYCは15歳〜17歳をいいます。法律上はヤングだけど過渡期であってYACになる人たちのニーズがどう変わっていくのかを見つけ出したい。多くのYC支援団体はこの過渡期からYACになる人たちの特別なサポートプログラムみたいなのをきっと打ち出してるんじゃないでしょうか。団体によって16歳からYAC向けサービスを始めるところもあれば、YCのサービスを18歳まで持続するところもある。でもそれは問題ない。それぞれのニーズに合わせて支援をそれぞれの団体が作り上げていいんじゃないですか。いくつからいくつまでがどうのっていう定義が大事なのではなくって、17歳のYCのニーズと12歳のYCのニーズと6歳のYCのニーズは全く違う。そこが大事なんだ。特に大事なのが16歳~17歳~18歳のアダルトケアラーになっていく過渡期の人たちのニーズ。それを見極めるのが一番大切なことですね。」


斎藤「日本ではあんまりそういう議論が顕在化していなくて、18歳までの子どもに対する支援がすごく大事だというのは社会的な同意が得られやすいけれども、18歳以上は大人になってしまうのであまりYACの問題が可視化されていない。だから私たちはこの問題に注目している。」


Becker「イギリスも同じ。子どものためのプロジェクトの基金のほうがをもらいやすいのは同じ。レポートを発表するのは大切。そして政策ですね。『子どもではない、だけどケアは続く』みたいなキャッチフレーズを打ち出したりして。理想的にはもちろんYACになってからのサポートをもらえるのは大切だけど、でももしかしたら日本ではまずはYCのサポートに焦点をおいて進めていくべきなのかな、ファーストステップとして。」


斎藤「私たちがWFAに興味を持つのは、日本の議論は子どもに対するフォーカスは社会的に合意を得られやすい、でもその議論は裏を返せば親が責任を果たしましょう、大人がもっと頑張りましょうっていう議論と一緒になってしまう。それでは、日本の古い福祉制度が全然変わらないっていう問題がある。


Becker「どの国でも変わらない問題がある。1番の問題はどれだけの予算があるかっていう問題に関わってきますけどね。これだけ進んでいるイギリスでもYCの80%は多分まだ表面化していないだろうね。」




4.ヤングケアラーの親に焦点をあてること

亀山「日本では親や家族へのインタビューがほとんど行われていなくて、私はそういう研究がしたいと考えています。親や家族にお話を伺ううえでのポイントをお伺いしたいです。」


Beckerこの分野で全体的にみてもYCの視点からのリサーチが圧倒的に多くて、家族とか親の視点から考えたようなリサーチは少ないんだよね。30年以上前のレポートなんだけど、繰り返されてないんだよね。」


斎藤「日本でもYCはすごく不可視化されたままで、多くの子どもたちは自分のことをYCとは思っていない。自分がYCだって言ってしまうと親を責めてしまうことになってしまうので、そうはしたくないって思っている子どもたちはやっぱり困ってることに手を上げようとしないことがあると思います。親が安心をしてSOSを出せるためにも、親も含めてサポートする必要があるっていう社会的な合意がYC支援を促進するためにも日本では結構大事な気がしています。」


Beckerケアラーになる前に学校などで障害について話し合うとか精神疾患について話し合う、それによってそういうコンディションに対してのスティグマを減らす。まずそこからイギリスでは入ってますよね。どっちもかなりスティグマの多い、エイズと精神疾患に関しては。」


斎藤「日本では、障害のある親たち対YCみたいなことがそもそも論点になりづらい。障害のある人がそもそも親になることすら難しい。特に知的障害の場合は2%しかそもそも結婚できていないっていう現状があります。日本の場合は責められる親の典型がシングルマザー。働かなきゃいけないし、ケアもしなきゃいけない。ケアができないので子どもたちがケアラーになってしまうっていうケースが多いかなって思います。」


BeckerUKでは、100人のYCがいれば、50人以上は精神疾患のある親のケア。身体障害は大体14%〜15%、精神疾患のある親をケアしている割合のほうが多い。薬物とかその他依存症が大体5~6%。知的障害が4%。まず、知的障害をもつ多くの人は元々子どもいないかもしれない。UKでは、もし知的障害がある親が子ども産んだ場合、自治体が来てソーシャルサービスが親はきちんと子どもの面倒見れないでしょっていうことでケアに入れてしまうケースが多い。だから、知的障害のある親をみているケアラーの数は比較的かなり少ない。




5.日本の「ヤングケアラー」の曖昧さ

斎藤「日本では親が子どもを育てるっていう規範が凄く強いので、親に対するサポートがほとんどないんですね。その結果として、日本の場合は100人のYCがいると半分くらい?一番多いケアの相手は、障害とか何も関係なく幼いきょうだいのケアをしているっていうケアラーです。」


BeckerそれはYCにみなされない、病気や障害がないから。イギリスでは、ケアラーとは障害や病気のある他者、友人のケアをしている人のこと。(幼いきょうだいのケアを含むのは)かなり曖昧な定義ではありますけど、日本独特なのかな。こうやって定義してしまうと、余りにもそのカテゴリーに入る子どもたちが莫大な人数になるんじゃないですか。しかも、障害がある親のケアをしている子どもたちと全くニーズが違う。だって貧困な場合はお金が必要なだけとか。UKとは全然定義が違ってはいますよね。この定義は、親の役割を代理する(Parentification)、ケアラーっていうよりも。YCは必要とされているケアを提供する役割であって親の代わりをしているわけじゃない。認知症になって親の面倒みたり、親代わりになるケースもあるけれども、でもまず原点としてはYCは必要なニーズを提供する役割を担っているケアラーであって、日本のこういう定義は親の代理をするっていうような意味合いが絡んできてしまいますよね。親は親としての役割を果たそうっていう、ケアをされていてもそういう気持ちがあって、親責任放棄というふうにはなっていない。


斎藤「それは私もクリアには答えられないですけど、日本は凄くトラディショナルで家族はお互いに助け合わなければいけない、子どもも含めて。なので、子どもが親の代わりに役割を果たすことについて、教育のなかでも家族のために尽くさなくてはいけないということを教えられてしまっていて、そうした事が起こりやすいかもしれない。今後の研究戦略として、こういう日本の曖昧な定義のなかでどういう研究を組み立てて、YC固有のニーズを引き出していけばいいか、最後にBecker先生から助言いただけますか。」


Becker「まずしてほしいのは比較調査で、障害や病気がなく大人のタスクをしている子どもたちと、障害や病気のケア役割を担う子どもたちではケアタスクが同じなのか、どう違うのか、学校への参加、友人関係、仕事や大学への参加等への影響がどのように同じなのか、違うのか…。障害のために親の役割が減ってる親のケアをするのと、親の代わりに弟や妹たちの面倒をみる。日本ではYCとは違うはずですよね。それらが同じなら何もこういう定義もないし、何がYCっていうコンセプトすら生まれないはずですよね。長年のリサーチで家族のためにお金ももらわないでケアラーとしてインフォーマルにやってるYCっていう立場・グループは特別な支援されるべきグループでしょう。」




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