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【イベントレポート】JST-RISTEX CAREFILオープンセミナー 当事者参画によるケアリング・ソサエティの構想―日本と韓国の若者ケアラーからの発信―

  • 執筆者の写真: YCARP
    YCARP
  • 1月13日
  • 読了時間: 11分

更新日:1月14日

 2025年12月14日に「JST-RISTEX CAREFILオープンセミナー 当事者参画によるケアリング・ソサエティの構想―日本と韓国の若者ケアラーからの発信―」をオンライン形式で開催し、日本・韓国から総勢63名の方にご参加いただきました。

 本セミナーは、8月の韓国視察で出会った韓国の当事者団体であるN人分との共同開催です。N人分・CAREFIL(YCARP)が両者ともに当事者をまん中におきながらケアラー支援に関する社会発信を行っているという共通点を活かし、日本と韓国それぞれにおいて当事者が自身の経験や思いを様々な形で発信することでヤングケアラー支援・ケアラー支援がどのように変わってきたのか、発信するなかでどのような意義や課題があるのかについて議論を深め、ケアリング・ソサエティの創造に向けた当事者参画の意味を探ることを目的に開催しました。

 当日は、日韓それぞれの当事者を中心にヤングケアラー支援における当事者参画に必要な視点が提示されました。

 通訳をカン・ネヨンさん(研究工房「人」先任研究委員/慶熙(キョンヒ)大学講師)に務めていただきました。

 当日の登壇者とお話しいただいた内容の概要を簡単にご紹介します。


※8月の韓国視察レポートはこちら:


【当日のお話の概要】 ※当日のご登壇順

<韓国側>

チョ・ギヒョンさん(「N人分」代表/アーティスト)

 N人分の代表として、N人分の団体理念や活動内容、韓国のヤングケアラー支援政策の発展と課題を明示していただきました。

 N人分は、「1人でケアを担わなくてすむようケアをN人で分かち合う社会を目指す」ことを目的に活動する非営利団体です。ギヒョンさん自身が15年のケア経験を持ち、現在は、作家、アーティストとして、ケア経験を私的な領域にとどめず、様々な分野で代案を模索し提示していくことを⽬指して活動しています。

 韓国のヤングケアラー政策としては、2025年3月に「家族介護等を行う危機児童・青年支援に関する法律」が成立しました。しかし、この政策のなかでヤングケアラーに該当する「家族介護青年」という呼称が家族のケア責任を強調し、スティグマを生む可能性があること、家族の多様性が増しているにもかかわらず、支援が狭い範囲に限定されてしまう可能性があることを課題が指摘されました。

 N人分では、成人したヤングケアラーと思春期ヤングケアラーが出会い、孤立を予防し、進路や友人関係・ケアの悩みなどを共に話し合う「ヤンヤンケア」というピアサポートを行っています。この活動は自助グループを超え、参加者が相互にレジリエンスを向上させることにつながっています。そのほか、自らのケア経験を共有し合いながら政策課題を抽出し、代替案を作成する「ケア市民会議」なども行っています。


チェ・ユナさん(「N人分」研究活動家/研究者及び当事者)

 ヤングケアラーとしての自身の経験を基盤に、20代、30代を中心とした当事者の社会参加について、当事者性に閉じ込められることへの問題提起をしていただきました。

 ユナさんはヤングケアラーへのインタビューをもとに、ヤングケアラーが家族ケアという個人的経験を、社会的資源へ、そして社会に向けた実践へと発展させていく5つの段階を導き出しました。

(第1段階;家族ケアを始める→第2段階;自分の人生と家族ケアとの間で深い葛藤を抱える→第3段階;ケアの状況を積極的に受け入れる→第4段階;他のヤングケアラーや社会構造上の問題に目を向け、視野を広げていく→第5段階;自らの視点を行動へと移し、自身の経験を社会に向けて発信していく「行動と連帯」のプロセス)

 研究参加者たちは、自身の経験を発信することで他者を助け、その働きかけが連帯や行動へとつながっていました。そしてその実践は、再び自分の経験を社会へ向けて発信する力を促していました。こうしたプロセスを通じて、参加者たちは社会的実践の主体として成長していることが明らかになりました。

 このように、研究参加者たちは家族ケアの中で経験した喪失・混乱・苦痛といった感情のみに留まるのではなく、自らのつらい経験を再構成するプロセスを通して、その意味を見いだし、内面的成長や自己超越へと向かっており、こうした経験は、個人の経験が社会全体の資源として働く、「社会関係資本」として機能していると考えられます。

 最終段階では、ヤングケアラーが社会へ踏み出し、彼らが単なる政策やサービスの「受益者」にとどまらず、自分と社会との関係を再配置し、社会全体の変化を促す能動的な存在であることが示されています。

 ヤングケアラーは確かに社会からの支援を必要とする存在であると同時に、社会にとって貴重な人的資源でもあります。ヤングケアラーを単なる支援の受け手として捉えるのではなく、自身の人生課題を主体的に引き受けてきた市民として認識し、その力と可能性を社会が支えていく必要があります。そうして初めて、ヤングケアラーが社会へスムーズに移行し、自分らしい人生を築いていけると考えられます。


キム・ヨンジョンさん(国立仁川大学社会福祉学講師/研究者及び支援者)

 支援者の観点から、10代を中心とした青少年の支援について、ヤングケアラーのインタビューを中心に、主体的な語りに基づいて検討した質的研究について紹介していただきました。今回紹介いただいた研究対象者は、祖父母が子どもを養育する代理養育家庭(親族里親)におけるヤングケアラーです。

 韓国では、「ケアする」という概念よりも、家族を助けることが当たり前という家族文化が強く根付いており、ヤングケアラーの存在が見えにくくなっています。

 研究参加者のヤングケアラーは、20年近く共に暮らしてきた祖父母を支えるため、自分が生計を担う決意をし、制度的支援を積極的に活用しながら、最近始まったヤングケアラー支援制度を活用しています。彼/彼女らは、自分の困難を一気に乗り越えるような「超越」をしているのではなく、むしろ、倒れそうになりながらも前に進むように、最後まであきらめず乗り越えようとする姿勢で日々を生きています。

 本研究では、里親という制度のもとで国家は子どもを保護していると想定している一方、実際には支援サービスを受けていても、子どもと祖父母の生活は乏しい資源と弱い社会的ネットワークの中で孤立しており、その成長過程で「ケアを受ける子ども」から「ケアを担う存在」へと役割が転換し、ヤングケアラーになっていく現実が明らかになりました。

 現在、韓国社会でのヤングケアラー政策は主に青年を対象としています。しかし、ヤングケアラーには、児童期から青年期へと段階的にケア提供者の役割が固定されていくタイプも存在します。そのため、ヤングケアラーの多様な生活実態を丁寧に把握し、それぞれに合った制度的支援体系を構築する必要があります。

 本報告は、ヤングケアラーの予防と早期発見を通して、子ども・青少年が「ケアを受ける権利」が確実に保障されることへの願いをもって締めくくられました。


<日本側>

亀山裕樹さん(YCARP共同発起人/大谷大学社会学部助教/研究者及び当事者)

 当事者の語りが無力化される理由と、当事者性を持つ研究者としての取り組みを中心にお話がありました。ご自身のケアラーとしての経験や研究者として発信する理由について話していただきました。ここでは、「当事者の声が無力化される」ことや「声の代表性」に関して言及いただいた内容を紹介します。

 当事者の語りは、無難なハッピーエンドのテンプレートに回収されることが多く、真の声が無力化され、語りをコーディネートする研究者の影響で、感情や怒りが抑えられ、聞き手に適した内容に変わることがあります。また、当事者の声はしばしば支援や政策に反映されにくく、単なる消費対象となる懸念もあります。さらに、一部の声が代表性を持ち、他の多様な経験が無視される傾向があることも指摘されました。 ​研究者として発信をすることは、研究者として本心からの声を研究成果に反映させることができる一方で、研究の過程で声が狭い文脈に位置づけられることがあります。

 当事者参加型貧困調査のように、当事者が主体となる研究スタイルが重要であり、当事者参加型の研究にも取り組むことが必要です。そのためには、当事者性のある研究者を育成し、信頼できる研究環境を提供することが必要で、子ども・若者ケアラーに関する研究でも、当事者の声を尊重し、多様な経験を反映させることが求められます。


朝田健太さん(YCARP共同発起人)

 「物語」を固定的で完成された語り、「者語り」を「語りながら問い続ける」営みとして定義したうえで、ヤングケアラー啓発活動を通じて経験した、社会に期待される「物語」の限界を問い直すとともに、「者語り」という新しい当事者参画のあり方に関する提案をいただきました。

 従来の「(期待された)物語」では、聴き手による拍手を得る一方で、当事者のアイデンティティが固定化され、当事者の主体性を喪失する問題が指摘されます。

 それに対して、「者語り」は語りながら問い続ける営みを通じて、当事者が動的な主体性を保ち、複数の可能性を模索し続ける方法論です。 ​具体的には、生成AIや第三者との対話、匿名執筆、異分野交流を活用し、語りの固定化を防ぎます。また、経験知・実践知・制度知・技術知の交差による共創知を提唱し、当事者を知識生成のパートナーとして迎える新しい参画の形を示しています。 ​「者語り」は当事者が自身の経験を守りながら社会と関わり続け、多様な当事者がそれぞれのペースで、動的な主体性を保ちながら新しい社会を形づくるための、実践的な方法論として提起されました。


<論点提起>

以上の話題提供の後、日韓それぞれの当事者兼研究者としてヤングケアラー支援を研究しているお二方から論点を提示していただき、ディスカッションを行いました。お二方からいただいた論点は以下の通りです。


河西優さん(YCARP共同発起人/立命館大学研究員/当事者)

「当事者との協働において、聴き手側が当事者の経験やその背後にある社会構造を理解するための資源を豊かにするために、何ができるのか?」(聴き手に対する問い)

例えば、声の聴き手側が複雑な当事者の経験や思いを理解するにあたって、「かわいそうな人」「頑張っている人」という単純な理解に留まらないようにするために、聴き手側の認識枠組みを豊かにするためには何ができるでしょうか?

「Aさんの経験」として問題が矮小化されないための新たな方法をどのように生み出すことができるでしょうか?


オ・ヒョナさん(ケアコミュニティ「N人分」活動家/アートセラピスト/研究者)

「発信過程で生じるジレンマをどう扱えるか、そして当事者参画とともに当事者と家族(被ケア者)に必要な安全装置は何か」(語り手に対する問い)

先行する発表は当事者参画が導いてきた変化の過程と意義を照らし出すと同時に、いかに語るか、そしていかに聴くかという発信の「質」に関する議論(安全な発信を可能にする構造と歪みのない受信)を継続的に可能にする構造についての議論が必要であるという点を明示した。


※質疑応答の内容に関しては割愛いたします。




【参加者感想文(一部抜粋)】

・当事者の観点から多様な経験や論点が出されて、よい機会になった。論点を出して議論するスタイルもうまく経験したのではないか。


・韓国と日本における介護者当事者としての悩みがよく共有されたようです。研究者としての姿勢を学び、より深い悩みを共にできる良い時間でした。


・普段私が重要に考えている価値観と、今回のフォーラムで交わされた話が繋がる部分が多く、嬉しく思います。個人の真心に物語が自然に流れ出るよう導く通路としての芸術の力。互いに安易に貼ってしまうレッテルや二分法の視線を超え、新たに相互作用する力。一方的に発話し聞くのではなく、「問い」へと繋ぎながら共に学ぼうとする姿勢。講師として、活動家として、市民として、何を共にできるか考えてみたいと思います。


・大変、勉強になりました。特に「当事者」の多様な声を日韓の研究者や支援者で拾い上げる貴重な試みだったと思います。当事者と非当事者とを分類して隔てるのではなく、「当事者性」という概念でくくっていく必要性を感じました。ヤングケアラーに関しては、児童、小学生、中学生くらいの家族以外の周囲の支援が必要な段階での「児童保護」については、福祉を中心としたメカニズムが必要だと思いました。


・支援者です。ヤングケアラー当事者の声はいつも「そんなこともあったけど、その経験も含めて今は幸せ」といった結末になりがちだと感じています。それ自体は本当かもしれませんが、話を聞く側からの無言のプレッシャーや、「今現在苦しんでいる当事者に対して、明るい未来を想像してほしい」という気持ちからくるものだったり、様々な忖度があっての語りなのではないかと思います。そんな風に自分の経験について語ることで、大切な何かがすり減っているのではないかと思いますが、そうならないために何ができるかについては具体的に思いつくものはありませんでした。今日の皆さんのお話を聞いて、多様な表現方法があることや、言語化できない複雑な思いをそのまま受け取ることの大切さを学ぶことができました。貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。



次回のオープンセミナーは、2026年3月15日(日)に『第4回日本版ヤングケアラーアクションデー 「家からちょっと離れたい」をどう叶えるか―子ども・若者の居場所・居住支援から考える―』というテーマで開催予定です。詳細・申し込みについては、ホームページ・SNSにて追ってご案内いたします。


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