2024年12月6日に、国際シンポジウム「イギリスに学ぶ子ども・若者ケアラー支援」を開催しました。日本財団助成事業として最終年度となる今回のイベントでは、イギリスからヤングケアラー研究の第一人者であるSaul Becker氏(ソウル・ベッカー氏)、支援者であるSara Gowen氏(サラ・ゴーウェン氏)を対面で招聘しました。通訳は立命館大学衣笠総合研究機構生存学研究所上席研究員であり、障害学の研究者である長瀬修氏に担っていただきました。70名(学生・当事者27名、一般43名)にご参加いただきました。

【プログラム】
〈午前〉
○開会のご挨拶(日本財団 高橋恵里子氏)
○日本のヤングケアラーをめぐる動向について(YCARP 斎藤)
○イギリスにおけるヤングケアラー支援の現状(マンチェスターメトロポリタン大学 ソウル・ベッカー氏)
〈午後〉
○ヤングケアラーの発見と支援(シェフィールド・ヤングケアラーズ サラ・ゴーウェン氏)
○閉会のご挨拶(日本財団 長谷川愛氏)
【日本のヤングケアラーをめぐる動向について】(YCARP 斎藤)
日本では2020年にヤングケアラー支援が初めて明文化され、若者ケアラーを含めた支援の重要性が共有されました。少子高齢化や家族形態の変化などにより、家族に依存するケア制度の課題が浮き彫りとなっています。そんななか、2020年に埼玉県で全国初のケアラー支援条例が制定され、2024年11月末時点において33の自治体で制定に至っています。京都では2023年に市民参画型の運動を経て条例が成立、ケアの社会的価値を認め、「ケアラーの自己実現を図ることができる社会」を目指す内容が盛り込まれました。
イギリスの事例を参考にしつつ、日本ではケアの受け手と担い手が共に自分の人生を生きられる社会を目指す必要性について議論がなされています。現行制度の不備やジェンダー不平等、経済的負担がヤングケアラーを含むケアラーの障壁となっており、多様な視点からの支援策が求められています。本シンポジウムでは、障害学に造詣の深い長瀬修先生に通訳をお願いすることができました。イギリスと日本の制度についての優劣を明らかにするという単純な比較ではなく、各国の歴史的な特性や国レベルでの政治及び政策動向、ケアラーを含む様々な市民活動・社会運動の総体としてそれぞれの社会の現状と課題を捉え、議論を深めるような時間にできればと思います。
【イギリスにおけるヤングケアラーへの支援の現状】(ソウル・ベッカー氏)
○プロフィール
子ども家庭領域を専門とする教授で、英国マンチェスター・メトロポリタン大学健康教育学部長。ヤングケアラー研究の世界的リーダーであり、この分野を開拓し30年にわたりケア責任を負う子ども・若者に携わってきた。
① 研究からわかったこと(エビデンス)―私たちが知っていること
ヤングケアラーの研究を32年前に始めたとき、この言葉の概念すら存在しませんでした。今では様々な調査が行われていますが、世帯に対する統計的な調査と、ヤングケアラー本人に尋ねる調査では、後者の方がヤングケアラーの数は4~5倍になります。ヤングケアラーがケアを担う事による影響は、肯定的な面と否定的な面があり、ケアの責任が増すほどに否定的な影響が顕著になり、その影響は成人後の生活にも影響が続く場合があります。
私たちの取り組みの目的は、ケアの量を減らすことによって過度に責任を引き受けているヤングケアラーの数を減らすことです。イギリスでは、30年間の取り組みの成果として、ヤングケアラーの社会的認知度が大きく進みました。しかし、そんななかでも私たちの手が届いているのは2割程度のヤングケアラーに過ぎません。
② 将来を考える―私たちが達成しようとすること
ヤングケアラーを気にかける私たちにとって大切なことは、彼ら・彼女らを「傷つきやすい存在」から脱却させ、成長への「道しるべ」を示すことです。ヤングケアラーの支援の実現には、発見し支援する仕組みが不可欠であり、学校現場では「ヤングケアラーチャンピオン」というポストがヤングケアラーを支援する存在として配置されています。同様に、福祉や医療の現場もまた、ヤングケアラーの発見において重要な場面となります。
イギリスのヤングケアラー支援は、「介入(より良いサポート・より良い適応)」という点に力点を置いています。では、日本のヤングケアラー支援が目指す結果はどのようなものでしょうか。何を達成しようとしているのかを意識することは非常に重要です。
③ 日本で「変革を起こす」16のアクション
ここ数年で取り組みが進んでいる日本のヤングケアラー支援をさらに加速化させるため、いくつか提案をさせていただきます。まず、ヤングケアラー一人ひとりのケースに焦点を当てること、集団としての権利擁護に取り組む必要があります。研究の深化や、メディア、政治家との協働も欠かせません。変革を実現していくには、ヤングケアラー自身が発言できる場を設けることが重要であり、子ども達の肉声には大きな意義があります。
30年間の取り組みで気づいたことは、ヤングケアラーの分野で示されてきた変革は、個々の行動から生まれたものだということです。皆さんにはパワーがあります。そうした変革を起こす人たちになっていただけると幸いです。

【ヤングケアラーの発見と支援】(サラ・ゴーウェンさん)
○プロフィール
1997年からイギリスを拠点にヤングケアラー支援を行い、チャリティ団体「シェフィールド・ヤングケアラーズ」のCEOを務める。ケアがもたらす影響を軽減させる取り組みについて、話題提供を行う。
シェフィールドでは、ヤングケアラー支援を「権利」に基づいて行い、27年間取り組んで来ました。私たちは、8歳~25歳のヤングケアラー支援を行い、家族全体を支援する形でケアの量を減らし、長期的にケアの責任を軽減することを目指しています。
ヤングケアラー支援において、発見と把握は最初のカギになります。しかし、スティグマが壁となり、家族や本人がケアを隠そうとする場合があります。ヤングケアラーを見つけるためには、周囲の大人が積極的に目を光らせることが大切です。また、子どもの情緒面の変化など、小さな兆候を見逃さないこと、教育や福祉の専門職が意識を高めることが必要です。
ヤングケアラーに必要な支援は国ごとの違いがあまりなく、万国共通の普遍的なものがいくつかあると考えます。「相談できる相手の提供」「健康状態に関する情報「福祉・教育・医療サービスと連携した権利擁護」「ピアサポート」「ケアから離れて楽しむ機会」などです。こうした項目を念頭に置いたうえで、私たちは家族全体へのサポートを重視しています。
また、支援を考えるうえでは彼ら・彼女らの声を反映させることが非常に重要です。「私たちのこと抜きに私たちのことを決めないで」というシェフィールドのヤングケアラー達の声に基づいた支援を考えています。ヤングケアラーは、自らの問題についての専門家でもあります。様々なサービスを形作っていくうえでは子どもたちの声に耳を傾けることが大切なのです。
「ヤングケアラーについて考える」ということ、これはヤングケアラーにとって何が必要なのか、ヤングケアラーを支援するにはどうしたらよいかということを考えることです。私たちの目標は、シェフィールドに住む全員がヤングケアラーについて考えるようになるということです。それぞれの専門職がヤングケアラーとおぼしき子どもを発見して私たちのところにつないでくるということではなく、それぞれの専門職がその専門領域のなかでヤングケアラーについて知っていて、支援することが必要だと思います。これまでの学びを活かして、今後のサービス改善、さらなる展開に努めていこうと思います。

【参加者感想文】(一部抜粋)
21年NHK/ひるまえほっとのリポート記事で知り、今回お二人の先生のお話を直接聞かせて頂く機会に恵まれ感謝しています。通訳の方の言葉も分かり易く、イギリスの取り組みが、地に足のついた地道な活動からはじめ、継続されて来られたのはリーダーシップを取られ学者の先生の牽引力の素晴らしさを感じました、今日私たちが見習おうとしている事は、ほんのわずかなことですが、諦めず若手を育てることの大切さを学ぶ事が出来ました。
ヤングケアラーを支援する制度・サービスがなければ、発見しても何もできないことに強く共感しました。
UKは、ケアラー支援の先駆的な国であり、現在も横綱であると思いますが、2010年代からのUK内の政治的ゴタゴタの影響などによってケアラー支援が足踏みしているように思います。京都の取り組みは、そのうちUKを追い抜きますね。ただ、ケアラー支援の進捗状況は、「日本のケアラー支援は…」ではなく、あくまでも都道府県別で捉える必要があります。ケアラー支援、ヤングケアラー支援の進捗は、都道府県別にみると、ものすごく偏っています。家族まるごと支援は、10年ほど前から言われだしたと思いますが、この表現を使うときに、家族まるごと支援とはなにかをきちんと説明しないと、30年前までに主流だった「社会保障の単位としての家族や、集団としての家族を重視する考え方」というふうに一般市民の聴き手に誤解される恐れがあると感じました。家族まるごと支援については、大阪大学高等共創研究院の蔭山正子先生が、特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構のサイトに「家族も1人の人間として尊重される必要があります。また、親、きょうだい、配偶者、子どもでは、悩みや困難も異なります。家族成員それぞれに目を向けてほしいという願いを「家族まるごと支援」にこめました」と書かれているように、決して家族を集団で捉えるものではない。昔に回帰するものでもない。この点をいくら強調してもしすぎることはないと感じました。今回は公開講座だったので、キー概念の丁寧な説明が、一層求められたと考えます。
二回目のアンケートの回答です。子どもの権利を守るという視点で、支援を組み立てたいと常々考えていました。特に、「16」のアクションをご教授頂きありがとうございました。それらを具体的に推進するための、さらなる展開を切り拓こうと思いました。大変たくさんの役割の仕事を抱えていますが、私自身がヤングケアラーで育っています。きっと、こども期に培った「状況に即して、マルチタスクを乗り越える」しなやかで、たくましい、未来をあきらめない姿勢は、多様なケアを乗り越えた賜物と思います。この非認知能力の様な力を、ソーシャルインパクトに変換したいです。お忙しいところ、来日頂きありがとうございました。公務と一人のソーシャルワーカーとして、学びを活かしたいと思います。なお、これから要対協の代表者会議で、講演する機会も増えます。各関係機関の首長の方にも、お伝えして行ったり、草の根的に地域でご尽力いただく方に光を届けたり、困難を抱える親子をお支え下さる方々を「つないで」行きたいと思います。本業は、SSWですので、ヤングケアラー支援にとって、「学校の存在の大きさ」をより明らかにしていきたいと思いました。YCARPの皆様、これまで本当にありがとうございました。そして今後もご発展されること祈念申し上げます。
ゲストのお二人には、今回の来日に伴ってシンポジウム以外にも様々な場面でご協力いただきました。
関西のヤングケアラー支援団体の視察、支援者との意見交換
ご協力いただいたNPO法人芹川の河童さん、公益財団法人京都市ユースサービス協会さん、こども家庭庁の古藤雄一さん、通訳の大手理絵さんに感謝を申し上げます。


朝日新聞への取材協力
『ヤングケアラー支援 「コスト」ではなく「投資」 イギリスの研究者』(朝日新聞デジタル 2025年1月24日)
『ヤングケアラー「家族全体への支援を」イギリスの専門家が講演(朝日新聞デジタル 2025年2月1日)
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